毛4に行ってきました

先週末、神戸のZINKで開催された「毛4」(飲み会に毛の生えた程度のイベントの4回目)に行ってきました。
前回の毛3には最後の1時間くらいしか参加できなかったので、今回はもっと長い時間居たいなーと思っていた次第。
寝坊して1時間遅刻しましたけどね…。

毛というイベントは音楽を一生懸命聞くイベントではなくて、DJさんが音楽を流してくれる飲み会みたいな雰囲気です。
なので、呑んだくれてもいいし、お酒片手にだべってもいいし、踊りたい人は踊っても良い、ユル楽しい感じ。

私もここ数ヶ月忙しかった割に運動不足だった分、踊ってすっきりしました。踊るっつっても音楽に合わせてテキトーに身体を動かすだけですけど…楽しいからなんでもいいや。

次はまた12月くらいになるんでしょうかネー。

どーでもええことなんですけど、今回やたらとひらパー兄さん素材多かったすね (*´ω`*)

夏の節電に向けて暑さ対策など

今年は全国的に節電モードということで、我が家で夏にやっていることをまとめて書いておきます。

家族構成とお仕事
父(59):デザイナー
母(57):イオンの店員
私(32):デザイナー
弟(27):バーのマスター

住んでるところ
大阪府枚方市(Wikipedia
夏場の最高気温は38℃。その日日本で一番暑かった町として紹介される、岐阜県の多治見市と同様お天気ニュース常連の町です。
暑い理由は、もともと温暖な瀬戸内式気候に加えて「ヒートアイランド現象」でブーストが掛かっているかららしいです。
7月の終わり〜9月の中旬くらいまで、毎晩熱帯夜です。寝るときにも普通にアブラゼミが鳴いてます。あ、書いてるだけで暑いwww

住宅供給公社の1981年築・分譲の団地、5階(最上階)。エレベーターなし、屋根裏物置つき。
敷地内の棟と棟の間に築山があって、木が茂ってます。そこに大量の蝉が住んでおります。捕り放題なんで、お子さんの居るご家庭はぜひ蝉捕りに来てください…増えすぎ。

夏場の電気代
母によると、夫婦二人暮らしのご家庭(テレビ情報)と同じくらいらしいです。節電!って言わなくても既に節電モード。貧乏が板についてる!

電気代が少ない理由
1.日中家にいる人が少ない。弟が居るけど、夜の仕事なんで朝帰って来て夕方まで寝てます。
2.家に居ても基本的にエアコンつけない

で、この「基本的にエアコンつけない」ってのがじわじわ効いているのかなーと。
我が家は元々エアコンが親の寝ている和室にしかなくて、その後数年おきに私の部屋、弟の部屋、とエアコンを設置しましたが、数年前に壁ぶち抜く大掛かりなリフォームをするまでは、リビング(台所と居間が一緒になってるからリビングダイニング?)にエアコンが無かったんですよ…。
その当時から各部屋にエアコンがついた今でも、母の命令で「一日中エアコンつけっぱはダメ」なので、エアコンをつけていいのは

・一番暑い正午〜15時(熱中症怖い)
・晩ごはんを作るとき&食べるとき(暑すぎて食べられないとダウンする)
・就寝前の1時間

この3つの時間帯だけです。エアコンの温度設定は28℃が基本です。

なんでこんな規則があるかと言いますと、電気代を節約したいってのもありますが、一番大きい理由は体調管理のためです。うちの家族はみんな自律神経が弱いのか、冷房ががんがんに効いている状態にずーっと居ると体調を崩したりアレルギー症状がひどくなったりします。新陳代謝も落ちますしねー。
で、お医者さんに言われたのが「季節の暑さ寒さを身体にちゃんと感じる生活をせよ」ということ。

でも、何もしないで暑い家で生活してるとさすがにしんどいので、ちまちましたTipsがいくつかあります。

・しょっちゅうシャワーする
ぬるめのお湯でしょっちゅうしゃわってます。起きてすぐ、外から帰ってすぐ、汗で気持ち悪い etc。全身しゃわるほどでも無い時は、膝まで水をかけて ひゃー(*´∀`*) ってなってます。

・かなりひどい服装…でも気にしない!
キャミ or タンクトップに短パン、髪の毛はまとめてパイナップル状態、首に固く絞ったハンドタオル巻いてます(ぬるくなったらまた濡らして絞る)。トイレと風呂場に行く以外は常にマイ団扇を持ち歩く。女子力ゼロ。

・寝る時は2時間タイマー扇風機とアイスノン
日中室内サウナ状態だったせいで布団乾燥機をかけたみたいにほっこほこに温もっているお布団。そのままだと寝付けないので、寝る前の1時間エアコンをかける際に布団に風がかかるようにします。そうやって冷やしておいた布団が自分の体温で温もらないうちに眠ってしまうという次第。
エアコンを切ったあとは思い切って窓を全開に(閉め切ってると夜明け前の涼風が入らずにサウナの中で目覚めるハメに)し、扇風機の微風で2時間タイマーを設定。タオルを巻いたアイスノンが首のうしろにあたるようにして寝ます。扇風機をかけっぱなしにしない理由は、長時間身体に風が当たり続けていると、起きた時超絶だるいからです。

・エアコンと扇風機を一緒に使う
エアコンと扇風機(サーキュレーターだとなお良し)を一緒につけて、冷たい空気が早く部屋全体に行き渡るようにします。そうして設定温度まで室内気温が下がるとエアコンは徐行運転になるので、そこでストップ。あとは室内の空気を扇風機でかき混ぜてると、意外と涼しいです。

・家中冷やそうとしない
晩ご飯のあとは家族みんなでリビングに居るようにしています。分散したとしても2部屋まで。弟は夕食のあと仕事に行くので、3人しか居ませんし。リビング or 和室でテレビを見ている両親、リビングで本を読んでいるかネットしている私。ごはんを作る時からリビングでエアコンがついているので、そのままそこに居残っている感じですね。

ざっとこんな感じでしょうか。
小さなお子さんやお年寄りが居るおうちは熱中症に気をつけないとダメなのですが、我が家はみんないい年をした大人ばっかりなので、こんな感じでそれなりにやっております。
我慢大会ではないので、しんどくなったらエアコンつけるし常時つけるのはしないだけなんですけどね…。

首の後ろと足を冷やすとかなり涼しいので、まずはそのへんから工夫してみるのがおすすめです Σd(・ω・)

読んだ本メモ エレン・カシュナー『剣の輪舞』

昨日買って読んだ。続編が出てるのな。ほむほむ。

最初の読み始めがちとダルい。複数の視点からストーリーが進行して、一本のラインに集約してから盛り上がってカタルシスに向かうタイプの小説と分かると楽になる。

主人公は凄腕の剣客なんだけど、彼のピンチに世を忍ぶ仮の姿を捨てて駆けつける文系男子の恋人がなかなか良いキャラ。BLっぽくなく、よりいっそうラブラブしくて恥ずかしい。
ずーっと守られてたお姫様が、颯爽と彼氏を救いにやってくる感じ。

一番得体の知れなさそうな描かれ方をしてた登場人物が、実は一番まともやったんちゃうの?というのが正直なところ。

続編は男装の少女が嫌々剣客修行する話らしい。それはそれで面白そうな。

二度目の“震災”を目撃して思い出したことなど

年度末進行のお仕事がようやく決着したので、この半月ほどもやもやとしていた何かをここに書いておきたいと思います。

まず、今回の東日本大震災で亡くなられた方を悼むとともに、被災されたたくさんの方が少しでもはやく穏やかな日々に戻られることをお祈り申し上げます。

今回の震災の混乱の中で、前回の震災の一つの決着がありました。

MSNニュース:復興土地区画整理が完了 兵庫(2011.3.29)

神戸市は28日、阪神大震災の復興土地区画整理事業(11地区、143・2ヘクタール)で、唯一残っていた神戸市の新長田駅北地区(59・6ヘクタール)の土地の位置関係や清算金を確定し、事業完了を示す換地処分を公告、約16年にわたる区画整理事業が終わったと発表した。

1995年の阪神淡路大震災は、関西の住民にとって、多かれ少なかれ何らかの影響を受けた出来事だと思います。
関西の中枢にあたる京阪神地域の住人は「大地震は太平洋に面した地方のもの」を常識のように思っていて、大地震に対する備えをほとんどしてきませんでした。それが神戸のほぼ真下で起きた地震で、根底からひっくりかえされたショックは相当なものだったと思います。
当時15歳だった私にとっても「朝、いつものように目が覚めたら隣の街が壊滅していた」というのは頭が真っ白になった出来事でした。

それから16年、神戸の街は再建完了の一つの節目を迎えました。それが上の記事です。
中学3年生だった私は31歳になり、あの年に生まれた赤ちゃんが今年、春の高校野球で白球を追いかけています。
震災から“復興”するには長い時間がかかる、それを肌身で知っているのが関西の住民です。

地震当日からその後の数日間は、生きるか死ぬかの瀬戸際。その後は少しずつ日常を取り戻すための活動が始まります。他の地方へ移って行く人が居たり仮設住宅の都合で離れ離れになって、地震以前にあった地域のコミュニティがぼろぼろと歯抜けになって行きました。
そうして、震災から数ヶ月後〜数年後の新聞やニュースで、仮設住宅で一人暮らしのお年寄が孤独死していたという記事をしょっちゅう見かけました。もうその頃には全国メディアは地下鉄サリン事件から続くオウム真理教の話題で持ちきりで、そうした「地味な」ニュースは関西ローカルでしか見かけなかったと記憶しています。

今回も全国メディア、特にテレビは、今目の前にある危機・福島の原発事故に一定の目処が付けば、もう被災地にはメモリアルデーにしか目を向けないだろうと思います。だって悲惨な光景も人間ドラマも出尽くして、あとは地道な再建の日々の積み重ねしか残ってないんですから。でも、そういうものなんだと今はもう諦めもついたし、大規模災害を目の前にしてワイドショーやバラエティ仕立てのものしか作れないメディアなんて、別に無くてもいいかと思うようになりました。

関西の住民として思うのは、東北や北関東で生活基盤が揺らいでいる方達に対して、故郷を完全に離れてしまうのは辛いだろうから、少しの間骨休めできる一時撤退所として関西を有効活用して欲しいということです。
破綻寸前の大阪府政は今以上にピンチになるかもしれませんが、そのために毎年納めている地方税が使われるなら、大金をどーんと義援金に募金できなかった貧乏人としては少し気も軽くなるというもの。
たとえ実際に来られなかったとしても、辛くなったらいつでも関西に骨休めに行けばいいということで気分が楽になれば嬉しいなと思っています。

先月の半ばの地震当日から、阪神淡路大震災を経験した人達があの時のことを思い出して電話相談が増えているという記事を新聞で見かけました。
私自身、気仙沼の火災をテレビで見てすぐに神戸の震災時の火災の映像を思い出してしまい、文字通り血の気が引きました。私は大阪と京都のちょうど中間にある枚方市に住んでいて、16年前には通っていた中学校の窓ガラスが何枚か割れた程度の被害しかなかった、いわば「被災地未満の周縁地域」の住民です。それでも毎日神戸の被害をテレビで見続けて16年たった今でもそんな風に思い出すのですから、あのまっただ中に居た人たちはどれほど心を痛めているだろうと思います。

そんな周縁地域の子どもだった私が今ぼんやりと思っているのは、似たような境遇の少年少女は一体どうしているんだろうということです。

私はあの冬、学校や塾に行って、1月末の私立高校の受験、2月半ばの府立高校の受験に備える、普通の生活にすぐに戻ることができました。ひとつ違っていたのは、毎日学校から帰って塾に行くまでの数時間、両親の友人知人の名前がないかテレビで安否情報を見続けたことくらいです。

学校でも同級生はみんな普通にしていました。ただ、それも地震から数日して事態は思った以上に深刻らしいと分かるまでのことで、今度は自分たちの身に影響することを心配し始めました。
つまり、受験はどうなるの?ということです。
関西の私立高校には有名大学の系列高校も少なくありません。そうした学校のうちいくつかが神戸や阪神地域に点在しています。そこを受験する予定だった同級生が何人かいたわけです。
私自身は同じ枚方市内の府立高校が第一志望だったので、彼らの不安は文字通り他人事でしたが、それでも思うところは様々ありました。

大災害に見舞われて、家を失ったり親を亡くした同世代の子がいるのに、そこから電車で2時間ほどしか離れていない町に住んでいる自分はいつも通りの生活をして受験の心配をしている。同級生は志望校を受験できるのか心配している。みんな4月にはちゃんと高校生になれるんだろうか。避難所生活を余儀なくされている人からすればつまらない、受験みたいなどうでもいいこと、自分のことしか心配できない、私はなんてセコい奴なんだろう。こんなことを思って自己嫌悪し、そうしながらも試験の日はどんどん近づいてそれしか考えられなくなる。これが1995年1月25日前後の私の精神状態です。

被災地でボランティアをしたり、救援活動に参加した人たちは、言い方は悪いですが充実していたと思います。そういうことができるほど大人でもなく、なにもわからない子どもでもなく、何もできない自分をどうしようもなかったあのときの自分は、未だに消化不良のまま残っています。

あのとき感じた自分のセコさ、小ささを、同じように感じている被災地周縁地域の子が居るかもしれない。でも、そういう風に感じている事を大事にして欲しいと思います。
大人になるに従って、できる事や知ってる事が増えて、自分が肥大して行きます。順調な人生を送ることができて、偉くなったりお金持ちになったりするかもしれません。でも、何かあったときに自分のセコさや自分本位にしか考えられなかったことを思い出して欲しいのです。
偉そうなことを言っても、お前は結局セコい人間やないか、震災のときに安全な場所に居ながら自分のことしか考えられんかったくせに、と冷静なもう一人の自分が言ってくれるのは、ある種の増長を防いでくれます。

結局、両親の友人は避難所に居ましたが全員無事で、その後ライフラインが復旧すると共に自宅に戻ることができました。
私の私立高校受験の2日前、連絡がついた人のところへ両親と弟がリュックサックを背負ってお見舞いに行くことになり、ここでも私は何もできなかったという実積を積んでしまいます。
ひとまず水と食料は足りていて、今は家の片付けをしているというその家族のところへ、レジ袋を畳んでまとめたものや、雑巾にする古いタオル、ポケットティッシュ、使い捨てカイロなどを持って行きました。朝早くに家を出て大阪から電車に乗って行けるところまで行き、途中からは徒歩、相手の居る避難所についたときには少し立ち話をして引き返さないと日が暮れるまでに電車に乗るところまで戻れないという行程でした。

そうして帰ってきた家族は、行き来のしんどさよりも自分の知っていた街並みが無くなっていたことに疲れきっていました。弟はまだ小学生でよく分かってないようでしたが、両親は仕事や遊びに何度も行った神戸がまるで見知らぬ町になってしまったようで、そのことが辛かったようです。
京都・大阪・神戸の三都市は、キャラクターが全然違うユニークな都市ですが、大阪の人間にとって神戸は異国情緒のあるおしゃれな町で、大阪で成功したらみんな神戸に家建てて行ってまう!と憎まれ口を叩いていても、自慢の隣人です。その町がなんであんなことに…というのが正直なところでした。

今回の震災で、私が知っている地域は仙台市街と松島のあたりだけです。一昨年の夏に関西のTwitterの友達と数人で仙台のTwitterの友人に会いに行って、遊びに連れて行ってもらったからです。

飛行機で仙台空港に降りる前、海の上を飛び、海岸近くの風景を見ました。空港から仙台市街へ向かう間、大きな川にかかる橋を渡り、左右に田んぼの広がる道を走りました。
Flickrに載せてあるそれらの写真を見て、この辺りは全て津波でめちゃくちゃになったんだと、あの時見た田んぼの中のおうちや建物は全部無くなったんだと思うと、なんとも言えない妙な気分になります。
それから、松島で乗った遊覧船、あの船はどうなったんだろうとか、お土産を買った売店の人は逃げられたんだろうかと思い出すとキリがありません。

私が見た仙台の町はあちこちに森がある緑の豊かな町で、食べるものも美味しくて、スーパーに行くとやたら豆の種類がたくさんあって、豆スナックもやたらと多い面白いところでした。
いずれ仙台へ観光に行けるようになるはずなので、その時にはもう一度青葉山城趾でずんだもちをいただきたいと思います。

関西アンカンファレンスに参加したですよ

行ってきました、関西アンカンファレンス

最初は「見ーてーるーだけー」(古っ)のつもりだったんですが、うっかり発表してしまいました(*ノωノ)
スライドショーは@kogetsu くんのMacを借りて、アンカンファレンスやってる最中に廊下でしこしこ作りました。発表内容も正直途中からアタマ真っ白でほとんど記憶に残っていないので、@tyoro たんのまとめをご覧ください。

tyoro.exe:非デザイナーがデザイナーっぽい思考をするためのツボ

良くまとまった記事デス。こんなこと喋ったんか自分…。
最初は短い枠で「京阪沿線住人が西梅田方面にお出かけする時の冴えた方法」っていうのを喋ろうかと思ったんですけど、@tyoro たんが自作のサービスをデザインをする時にとっかかりが分かんないと言っていたのでこっちに差し替えました。

職業的デザイナーならおそらく無意識的にやっているいろんなこと(なので、本職バリバリのデザイナーがおいらのプレゼン見ても大したことないと思われ)ですが、それはデザイナーが日々そういうことをするための訓練をしているからで、他の人から見るとブラックボックスだったりするようです。デザイナーから見るとプログラマーの方が「そのアタマの中で何が起こっとるんや!」なんですけどネー。

今改めて発表した内容を見返すと、昨年の秋に受講した「デザイン道場」で聞いた講義の内容がかなり入っております。
特に、ムラタ先生の「行為のデザイン」という考え方と、紫牟田先生のデザインマネジメントの講義で「昨日読んですごく良かった!」とプレゼン内容を差し替えてまで紹介されていた『戦略的デザインマネジメント―デザインによるブランド価値創造とイノベーション』という本の内容、この二つから抽出した何かがベースになっています。
そこに『デザインする技術~よりよいデザインのための基礎知識』みたいなデザイン基礎理論本に載っている法則から普段心がけていることを紹介した、という感じです。

↓一応貼っときますね。こんな本です。

一つ補足をすると、発表の時にちらりご紹介した「Adobeの色合わせサービス」は「Kuler」と言います。国内外のデザイナーが「この色合わせええんちゃうん♪」と思ったセットを投稿してくれていますので、参考にしてください。
この配色やったらこんなイメージかなーとか考えながら見てるだけでも楽しいですよ。

さて、関西アンカンファレンスそのものについてちょこっと書いておきたいです。
今回初参加だったのですが、規模が大きすぎずアットホームな感じで楽しく参加できました。発表タイトルを書いた付箋をホワイトボードに貼って行くので、その内容についてあーだこーだ言うだけでも、知らない人同士でなんとなく一体感が生まれますね。
それともこの ゆるいけどぽわーっと楽しい 感じは主催の@msng さんと@shin1x1 さんの人柄のおかげなんでしょうか…?

今後の課題やなーと思ったこともありました。
参加者にプログラマな人が多いので、どうしてもそっち系の発表が多い…。
jQueryとかPHPくらいはもちろん楽しめるんですが、ゴリゴリに技術寄りの話になると、タイトルからして既に理解できなかったりします (・ω・`) 非プログラマにはちとしんどいす。2枠ともがっつり技術話になったら行き場がない…まぁ休憩すりゃいいんですけどね。

なので「技術系じゃない話」を発表する人を増やそうず!おいらも次回に向けてネタ探しします。
@griffin374 兄さんの写真の話とか、@shokuto さんの伝わるプレゼンの話みたいな、自分でもやってみたい!系の話をガンガン増やして、プログラマでもデザイナーでもない人が面白そうやなーと思って来てくれたらいいなと思います。まずはプログラマとデザイナーの情報交換・交流が先かもしれませんけども (・ω・;)

最後になりましたが、素晴らしい会場を提供していただいた兵庫県立大学さま、準備・進行・懇親会までパーフェクツな運営をしてくださったスタッフのみなさま、ナイスなお話をしナイスな聞き手でいてくださった参加者のみなさまに感謝です。
次回もそのまた次回も関西アンカンファレンスが開催され、盛り上がりますように。

関西アンカンファレンスに行くですよ

今年も開催されますよ。関西アンカンファレンス。

頭ん中:第2回関西アンカンファレンスを2011年1月8日に開催します

今年はおいらも参加しまっす (=゚ω゚)
去年は仕事してて指をくわえてTL見てたんで、リベンジや!リベンジ!
って言うても、発表はさすがに腰が引けるのでまた次の機会に…。

おいらで80番めくらいだったんで、どうしよっかなーって人は急いだ方が良いかもですね。

“成功の復讐” と日本の話


『“成功の復讐”を乗り越えれば日本企業は2025年に復活する!?』韓国 月刊朝鮮の記事
クーリエ・ジャポン11月号掲載

記事の趣旨は、日本は明治維新以降、40年周期で浮沈を繰り返している、今下降線を辿っているのは2020年までで、そこからまた新たなパラダイムのもとで上昇するだろうという内容。

確かに、明治維新前後の混乱から日露戦争の勝利、太平洋戦争の敗北、焼け野原からの復興と高度経済成長、バブル崩壊から失われた20年 (ってもうそろそろ経つよね) 、と大体40年周期で急激に上がったり下がったりしてるんだけど、だからと言ってここまでの130年と、次の「周期」はちょっと違うんじゃないの?と思ってしまう。

これまでの130年ほどというのは、日本という国が人口増加の途中にあって、その上で、たまたま外来のパラダイムや技術を取り入れてその持続的イノベーションを行うのに天才的に長けた民族集団だったから、坂の上の雲の時代も戦後の高度経済成長も世界史の奇跡のような上昇曲線を描くことができたように思う。

翻って現在を見てみると、明らかにこの国の人口は頭を強く打って減少に転じてるし、社会の雰囲気も国家の制度も、人口増加を謳いながらその反対になるようなことばかりしている。
本当はもう日本列島にこれ以上人間を増やすべきではないと無意識下で感じているような気さえする。
欧州や米国のように移民を受け入れるにはどの様にするべきかということも考えず、とにかく他人様にはウチのムラには入って来て欲しくないと言わんばかりだし。

人口減少期にあって、しかも持続的イノベーションを得意とする民族集団としては、何をすれば周囲に侮られず独立自尊を守って行けるのか、ちゃんと考えた方が良いと思う。

近代以降、日本人はいつも外からの刺激に反応する事でしか外と付き合っていない。
尖閣の事があってから、急に外交下手になったとか新聞あたりに書いてあるようだけど、日本が外交上手というか、ポリシーをもって行動しているのは上の周期で言う登り坂の時期だけじゃないのかと。

要するに我々は、調子が良いとすぐに図に乗ってその挙句盛大に道を踏み外し、大きな犠牲を払わないと新しいパラダイムに行く時期だと悟れない、おめでたい集団なのだと認めた方が、同じ失敗を何度も繰り返さなくて良いんじゃないのかな。

ライブの会場の話について

11月15日号のビッグイシューのあさいひろあきさんの連載、ゴールデンボンバーの話題が載ってた。
手作り感のある、エアバンドとしてのパフォーマンスが売りという彼らのライブのことが書いてあった。

気になったのは、人気が出ているので、これから大きなホールやアリーナでもライブができるようになっていくにつれて、彼らのパフォーマンスはどう変わるか楽しみだというくだり。

どうして人気が出たら、ホールやアリーナ級の会場でライブをするべきなんやろう。
前衛芸術か、アングラ劇みたいなライブが売りなら、そんな大きな会場でやらずに、小さな会場で日数を多くするとか、地方の都市をいっぱい回るとか、そういう方向性でも良いんとちがうやろか。

テーマを変えてみた

Manifestっていう、海外のクリエイターさんが作ったテーマに切り替えてみた。

今まで、自分の作ったテーマしか使ったことなかったけど、他の人の作ったのも勉強になるなぁ。
アーカイブページにカテゴリやタグを集めて、メインのページには記事しか載せないの、けっこう新鮮。

記事サムネイルの表示が変なことになってるところ意外は良い感じです。
タイトルまわりをちょろっと変える以外は、このままでもTumblrっぽくて良いかもしれない。

春の恒例行事 造幣局桜の通り抜けオフしますよー

桜の季節がやってきました。
すでに土曜日曜にお花見したよーという人もいらっしゃいますが、それはそれこれはこれ。

大阪の桜言うたらこれ「造幣局 桜の通り抜け」が来週14日から始まります。
Twitter始めてから毎年見に行っておりますので、今年も「造幣局桜の通り抜けオフ」をやりたいと思いマス。主たる目的は撮影と屋台見物です。
通常のお花見と違って、レジャーシートを広げてわいわいやるのは禁止されていますので、そういう用意をしないようご注意ください。

今回は平日夜と、休日昼を設定します。お昼間と夜と両方撮りたいので!
参加するよーという人は、@miki7500 までDMまたはMMSでお知らせくだしあ。

造幣局桜の通り抜け ってなんぞ?という方は公式サイトをごらんください。
今年の桜は「都錦(みやこにしき)」です。
全部で127品種の桜が植わっているので、興味のある人は「桜の通り抜け桜樹一覧表」でチェックしてください。見に行く時期によって盛りが過ぎている品種もありますが…。

以下オフの概要。

平日夜・夜桜コース
日程:4月16日(金)
集合時間:19:00

休日昼・まったり桜コース
日程:4月18日(日)
集合時間:11:00

夜昼兼用の項目
集合場所:京阪 天満橋駅 構内 マクドナルド前(改札付近は混み合いますので注意)
もちもの:カメラ・三脚

おおまかなスケジュール:
集合→交通規制の案内に沿って造幣局へだらだら移動→(遅刻する人がいたら追いついてくるのを途中で待ちます)→造幣局の南門に到着 北門での集合時間を決めます(絶対誰かはぐれますので)→撮影するなりぼーっと桜を眺めるなりご自由に→北門で集合→東側の公園に屋台がいっぱい出てますので、買い食いしながらぶらぶらします→天満橋駅に帰着・この後はお茶するとかその時の雰囲気で決めます

地図
天満橋から造幣局へのルート

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造幣局から天満橋駅へのルート

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参加者リスト
平日夜・夜桜コースに来る人

  1. @miki7500
  2. @ksr
  3. @vo_ov_Ya
  4. @vo_ov_Yaさんのおともだち
  5. @alee78
  6. @Nozomun
  7. @shige000
  8. @feinyao(ちょい遅刻かも)

休日昼・まったり桜コースに来る人

  1. @miki7500
  2. @alee78
  3. @to7566