本音を言えば、経済政策が問題なのではない。
どんな顔をしたどんなやつがそれを発案し実施しようとしているのかが問題なのだと俺は思っている。
顔ってあんた、全然論理的じゃないねと言われるかもしれない。
だけどね、万能で、万全な政策など在り得ない。
どこかで、誰かがやり繰りし、やり繰りできないものと何とか折り合いをつけながら政策を実行する。
現場とはそういうものであり、一進一退を繰り返しながら 最悪の事態を回避しながら進めていくのがあらゆるマネジメントの要諦でしょ。
だから誰が、どのような見識と意図を持ってその政策を打ち出し、実行しようとしているのかが問題なのである。
経済政策の根本には公正さが必要だってことだ。
公正さとは何か。
不正な蓄財をしないとか、虚偽の申告をしないというような ことを言いたいのではない。
それを止めろといったところで、どんな時代にも、機縁と必要があれば、 誰だって不正に誘惑されることを止めることはできない。
公正さとはもっと別の概念であり、実行可能なものだ。
俺は『株式会社という病』のなかで、それをこう書いた。
「お金とは本来、商品の前では万能であるが、もともと商品ではない人間の 精神的な領域、つまりは矜持、義理や人情、友愛や意地の前では無力であるべきなのだ」
市場万能主義、経済ダーウィニズムを遂行しようとするものたちには、公正さへの目配りが根本的に欠如していると俺は思っているのだ。
今日の資源価格の高騰、格差の拡大、金銭フェテシズムの横行、 これがグローバル資本主義、市場万能主義の結末である。
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