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先週繁昌亭行って来ました(遅

もう先週のことになってしまったんですが、天満天神繁昌亭に両親と行って来ました。書くのが遅いねん。

この日の演し物は『たまのフレンドリー寄席β』内容は落語と浪曲。
噺家さんは笑福亭たまさんと、笑福亭喬介さん、浪曲は春野恵子さんと曲師の一風亭初月さんのお二人。

家族で「繁昌亭できてから行こう行こう言うて、いっこも行ってへんな〜」という会話をしていたところ、ちょっと何やってるか調べて見ようという話になり、繁昌亭のサイトで夜席の演目を見ていたら、落語と浪曲という組み合わせが目に入り、ちょうどおいらに浪曲ちうもんを聞かせたろうやないか、と父が言い出し、行ってみようかという段取りになった次第。

両親は若い頃にラジオ&テレビで色々聞いていたらしいのですが、おいらはそういうのをあんまり知らずに育ってるので、浪曲聞いた事がなかったんですネー。
落語は普段CDで聞いてるのんとは別に、小学校や中学校の時に「芸術鑑賞」の時に学校の体育館で見たり、市民会館に見に行ったりしたことがあったんですけど、どっちも「なんか向こうの方で喋ってはるなぁ」という距離感です。
自信を持って「見た事あるでー」とは言いにくいw

で、行って来たんですが。
いや〜お話の面白いのもさることながら、その場で演じていただくってのはやっぱしいいですにゃ(*´ω`*) 舞台に立って(座って?)るしとと、お客さんが一緒になって雰囲気を作ってるのがよくわかりました。距離が近いだけになおさら。

最初に出て来た喬介さんはまだちょっと照れがあるというか、はにかんだ感じでかわいらしかったです。次見せていただく機会があったら、もうあんな感じではなくなってると思いますけどw
「寄合酒」を演りはったんですが、犬に鯛をみんなあげてしまうところがなんとも。犬が可愛く見えてしまうんですネー。
多分雑種の野犬やから、ほんまはすごい怖いはずなんですけど、口調がほんわかしていたせいか、ウェルシュコーギーみたいなんが居てるように見えました (∩∀`*)タハー

次と最後に出て来たたまさんは、とにかくアグレッシブでしたネー。
ストーリーテラー型ではなくて、がっつり笑いを取りに行くタイプの噺家さんなんですね。おかげさまで数日分まとめて笑わせていただきましたw

「口入屋」で口入屋の部分をばっさり切って、奉公先の番頭さんからいきなりスタートしたのは「へぇ〜」と思いましたね。
口入屋(今風に言うと派遣会社)であーだこーだ言うてる、女性陣のおしゃべりを切ってしまうと、女性陣の図太さとかちゃっかり色々たくらんでるのがなくなるので、奉公先の若い男性陣のアホさ加減が前面に出ますよね \_(*・ω・)

古典を演るだけやなくて新しい話も作ってはるいうことなんで、そっちもちょっと聞いてみたいなぁと思うなど。

浪曲の方は、初めて聞いたのもあってか、((;゚Д゚)ヒョエー っていう感じでした。すごくドラマティック!
「袈裟と盛遠」という曲で、お話のストーリー自体はあまり入り組んだものではないし、何かで読んだな〜というおぼろげな記憶もあったのですが、なんていうか…一人ミュージカルでした。そそ、一人ミュージカル!
曲師の三味線はあるけど、台詞と歌で一人で演じるのはなんかすごいっす。落語みたくおもしろおかしい話ではなくて、情に訴えるメロドラマなのが特にひょえー!ってなります。

やるせない恋とか親子の情愛、人の想いを表現するのにすごく向いた芸らしいので、古典から題材を取ったものも良いのですが、少女漫画や韓流ドラマ、タカラヅカの演目をやったらすごくハマりそう (〃ω〃) ドキドキ
浪曲ベルばらとかどうですかネーw ダメかなぁw

せっかく近所に住んでるので、また機会を捉えて見に行きたいと思いマス。

2009年7月2日 木曜日

Youtubeに大阪府チャンネルできたらしい

大阪府がYoutubeのチャンネルを開設して、動画ニュースを上げてるらしいす。

試験的に始めてたのを、本格的にスタートする…って全然知らんかったですなぅw
それにしても、お金かかってなさそうなムービー…手作り感満載ですぞ (=゚ω゚=;)
中の人が一生懸命作ってくれてるんでしょうかw
いや、ダメなんじゃなくて、それだけ「ぱっと作ってさっと上げる」のを重視していて良いな〜と思った次第です。

このキャラってチャウチャウちゃうん…と思わずつぶやいた大阪府民でした。

2009年2月14日 土曜日

八軒家浜船着場

「大阪の史跡巡り」第1弾は「八軒屋浜船着場」です。
地図はこちら。「大阪の史跡巡り」地図。
近所っていうか、夕食の買い物のついでに写真撮って来ただけじゃねぇかと言われそうだけども、史跡です。

京橋/天満橋間の片町から始まって、北浜、淀屋橋、肥後橋を通って、西区の土佐堀まで通る、大川沿いの通りが「土佐堀通(とさぼりどおり)」です。

天満橋駅前の交差点に立っている標識。

大川は旧淀川とも言われ、1907年に今の淀川ができるまでは、こちらが淀川の本流でした。
詳しくはWikipediaの旧淀川の項をご覧ください。

こちらが八軒家船着場跡の石碑。

土佐堀通り沿いの昆布屋さん・永田屋さんの店先に建てられています。

これは古代には渡辺津(わたなべのつ)、江戸時代には八軒家浜(はちけんやはま)と呼ばれた船着き場の跡です。古代から、瀬戸内海と淀川の船の中継地として栄えてきました。
平安時代、この渡辺津から南へのびる「熊野街道」(これが奈良・和歌山の熊野古道へ続きます)を通って熊野へお参りする「熊野詣」が大流行しますが、その話はまた次の機会に。

江戸時代、京都/大阪間の交通は、今の京阪電車の路線を徒歩で行く「京街道」か、その脇を流れる淀川を行き来する船が便利でした。→交通科学博物館「三十石船の乗船場

三十石船は当時の客船です。1日昼と夜の2便で京都/大阪間を結んでいました。
「 三十石船」はお米三十石を乗せられる大きさの船、ということですね。
伏見の寺田屋浜から、ちょうど真ん中の枚方浜に寄港し、八軒家浜までを結ぶ、一般庶民の主要ルートです。

上方落語の「三十石夢の通路」の旅の目的地として登場しますし、「東海道中膝栗毛」ではお伊勢参りに行く弥次さん喜多さんが船で京都から淀川を下り、ここから大阪入りします。

明治に入って京阪間に汽車が開通するまで、このルートは 三十石船から汽船に姿を変えて活躍します。
今のJR大阪駅前(梅田あたり)のポジションを占めていたところ、とご理解ください。

幕末好きな方に聞いたところ、大阪・京都を行き来した志士も、ここを利用したとのこと。
そして、新撰組の大阪での定宿「京屋」も、この船着場跡のある「天満橋京町」にありました。今は京阪シティモールという商業施設になっています。

明治・大正期になって、大阪のメインストリートが大阪駅のある梅田を起点とする御堂筋へ移ったことで、この船着場も史跡化しますが、ここ数年、再開発が進行中です。


今年の秋、開業予定の中之島線の起点は、天満橋です。


それに伴う「水都再生プロジェクト」で、新しい八軒家浜船着場ができました。


大川を航行する観光船の発着場です。
川沿いに公園が整備され、一つ下流の天神橋まで川沿いを散歩できるようになるとか。


天満橋と観光船アクアライナー。
橋を渡ったところに大阪造幣局があり、桜の通り抜けの時期は大混雑します。
この時はアクアライナーはじめ、大小の花見船も出て、食事付き花見コースを用意しているそうなので、一度乗ってみたいと思ってるんですが、まだ果たせてません。近所だと逆にね…。

夏には天神祭の船がこのあたりを行き来しますし、花火も見えるポイントなので、また大混雑します。
船着場周辺が整備されたので、混雑が少し軽減するといいなーなんて淡い期待を抱きつつ。


上流の都島区にある毛馬桜宮公園に、大阪市大ボート部のクラブハウスがあるので、多分そこの部員さんたちでしょう。

一つ贅沢を言わせていただくと。
道頓堀のドンキホーテ前に「とんぼりリバークルーズ」をやっている「太左衛門橋船着」というところがあるのですが、ここまで大川→東横堀川→道頓堀川を船で行けると観光に便利で良いなと思っています。
天満橋から道頓堀までは、京阪・天満橋駅→淀屋橋駅(地下鉄御堂筋線乗換)→心斎橋から徒歩、というのが一番普通の道順ですが、これができると、大阪城→天満橋(最寄駅)→船で道頓堀、という「船で観光ルート」ができます。

東横堀川は、阪神高速環状線の真下にあり、いわゆる「地図に載ってない川」ですが、ここをライトアップして夜に通ると、幻想的な風景になるのではないでしょうか。
道頓堀川の水質改善などもあるので、まだ当分無理とは分かっているものの、ちょっとだけ期待。

2008年6月20日 金曜日

「大阪の史跡巡り」始めます

先日、母にこんな本をもらいました。

区役所で配布されているそうで、中央区の史跡とその説明が一覧で掲載されています。
巻末には地図付き。

枚方の実家から大阪市中央区に引っ越してきて、大体1か月が経ちました。
最初は休みの日も生活用品を買いに出かけたり、それなりにばたばたしていたのですが、最近は落ち着いて来て暇な日もあるので、この本に載っている史跡を一か所ずつ回ってみることにします。

まずは、家の近所から。

Googleのマイマップ作りました。行ったところを順に増やします。
大阪の史跡巡り」地図。

2008年6月20日 金曜日